こんにちは。愛知メンバーのAyakoです☺️
今回は愛知FOL、2月の限界突破の会のレポートです。
着物を纏い、名古屋・河文で春のランチを味わってきました。
400年の時間が流れる場所で

今回訪れた河文は、名古屋で約400年の歴史をもつ老舗料亭です。
尾張徳川家の御用達としても知られています。
ふと目に入った葵の紋に、この場所が積み重ねてきた時間の重みを感じました。
伝統ある日本建築の空間で季節の料理をいただくひととき。
そこには、日常とは少し違う時間が流れていました。
身体が喜ぶお出汁
玄関には雛人形。季節はまだ行き来しているけれど、料理はすでに春を感じさせてくれるものでした。

八寸の、いちごに白和えを合わせた一皿は、甘さとかすかな塩味の重なりが新鮮でした。
お吸い物は蛤とホワイトアスパラ。
蛤と吸い地の旨みが重なり合い、澄んだ味わいが広がります。
美味しいお出汁に触れると、身体の奥がじんわりと喜ぶようで、やっぱり自分は日本人なのだと感じる瞬間です。
お箸と振動数の話
食事をしながら、お箸のことが話題にのぼりました。
木で作られた、先の細い日本の箸。
料理のおいしさを引き立ててくれる道具です。
けれど、その細やかさは油やソースの多い料理には少し不向きかもしれません。
日本料理だからこそ、この箸なのでしょう。
Soraさんが最近よく言われます。
「振動数や波動も、高く細やかであればいいというものではない。まわりと調和するのに適した振動数がある」と。
そういえば、と思い出したのが、最近訪れたマレーシアの屋台のことです。
30年前と変わらず、先まで太いプラスチック製の箸が使われていました。
最初は「扱いにくい形なのに、変わらないものだな」と思っていました。
けれど、現地の食事と屋台文化の組み合わせには、
洗いやすく丈夫なその形こそが、あの土地との調和なのだと気づきました。
調和と関わり

話は着物と日本人の体型についてにも及びました。
文化や気候、骨格など、それぞれに合わせて形づくられてきた伝統衣装。
着物が日本人の体型で映えることも、着ることで整う感覚があることも、自然なことなのかもしれません。
今朝は、kyoko先生に着せていただきました。
衣擦れの音が静かに響き、
要の紐をきゅっと絞められるごとに、重心が少しずつ定まっていく。
身体の内側から整えられていくようで、最後には背筋がすっと伸びるような感覚になる。
着物を纏っていく工程は、いつもどこか儀式のように感じられます。
人に着付けをするのは今回が初めてとのことでしたが、ゆるすぎず、きつすぎず、ちょうど良い仕上がりでした。
けれど「同じ着付けでも、誰が手がけるかによって仕上がりはまったく変わる」ともおっしゃっていました。
確かに、着せてもらう人によって着心地や着崩れの仕方は変わります。
そして着付ける側にとっても、ただ身を任せているだけか、少しでも工程を知っているかで、着せやすさが違うのだそうです。
関わる人から受け取るものがあると同時に、自分もまた誰かに影響を与えている。
誰とどのように調和したいかによって、関係性も自然と変わっていく。
そのことをふと、”有限な人生で誰と出会っていくか”というFOLのテキストの一節と重ねながら思いました。
時間という幻想のなかで

おしゃべりの尽きなかった私たちですが、
運ばれてきた蟹飯を口にしたあとは、皆自然と無言になっていました。
美味しさに、意識がすっと吸い寄せられる。
言葉よりも、感覚の方が雄弁な時間。
薄暗く落ち着いた店内で食事をしているうちに、
時間の感覚は少しずつ曖昧になっていきました。
ずっとここにいるような、不思議な感覚——
そんなとき、
「時間と空間は幻想にすぎない」という言葉が、どこか腑に落ちるようでした。
選択とセルフイメージ
食後の飲み物を選ぶ、そのひとときから、話は潜在意識への問いかけへと広がっていきました。
頭に聞くのか。
胸に聞くのか。
肚に聞くのか。
今の自分に合うものを選ぶのか。
どんな未来を見据えて選ぶのか——
どこにフォーカスをあてるかで、結果は変わってくる。
だからこそ、迷いが生まれることもあるよね、と。
現代は「選択疲れ」の時代だといいます。
多くの選択肢の中で、人は最高を探すよりも、馴染みのあるものへと戻っていくのだそうです。
選択に疲れるほどということは、それだけの豊かさがあるということ。
迷いが生まれるのも、視野が広がり、可能性が増えた証と言えるのかもしれません。
そんな中で、”さらなる一番目の人生”を選ぶのだとしたら——
まずセルフイメージを定めること。
そしてエネルギーの感度を上げること。
それが、これからの羅針盤になっていくのだと改めて思いました。
ふと、気づけば2時間半が経っていました。
平日の昼間に着物を着て、ゆっくりと和食を味わう時間。
そうできる環境にいること、それもまた選択の積み重ねです。
静かな感謝が広がる、2月の限界突破の会でした。






